羽生雅の『ホツマツタヱ』考~~神社と神代史の謎解き

『ホツマツタヱ』から明らかにする記紀と神社、歴史の真実

第一章 10、「ヒト」とは

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第一章 琵琶湖畔と富士山麓にあった最初の都
 
 
 
10、「ヒト」とは
 
 
 天君となったタカヒトとイサコは、それぞれ「イサナギ」「イサナミ」と称するようになった。前述したように、「ギ(キ)」は男の君の名乗り、「ミ」は女の君の名乗りである。「イサ」はイサミヤ=イサ宮の「イサ」で、よってイサナギとは“イサ(宮)にいるキ”、イサナミは“イサ(宮)にいるミ”という意味であろう。
 
 ならば、二人の名を漢字で表す場合、桃雛木と桃雛実と同じように、「キ」は「木」、「ミ」は「実」とすべきである。そして、「イサ」は『延喜式』に掲載されている鎮火祭の祝詞に「“伊佐”奈伎」「“伊佐”奈美」とあるように、「伊佐」の漢字をあてるのが妥当だろう。すなわち、キ=木、ミ=実、イサ=伊佐である。実際これらの漢字を用いている例も見られ、『若狭国神名帳』によれば、旧大飯郡の伊射奈伎神社の祭神は「正五位“伊佐奈木”明神」であり、『記』には「伊佐奈実」という漢字を使っている箇所もある。よって、イサナギは『記』では「伊邪那岐命」、『紀』や『旧』では「伊奘諾尊」、イサナミは『記』では「伊邪那美命」、『紀』や『旧』では「伊奘冉尊」と表されているが、本編では記紀でおなじみの漢字ではなく、「伊佐奈木」と「伊佐奈実」の表記を採用する。おそらく、イサコの「イサ」も「伊佐」であろう。
 
 ところで、伊佐奈木の父の名は「アワナギ」というが、イサナギ=伊佐奈木ならば、アワナギの「ナギ」も「奈木」とするのが妥当である。
 
 アワナギは『記』では「沫那芸神」、『紀』と『旧』では「沫蕩尊」と表されている。つまり記紀と『旧』のいずれにおいても「アワ」には「沫」の漢字があてられているのだが、伊佐奈木の祖父であり、アワナギの父である天万神が素阿佐を治めていたという事実から考えると、アワナギは素阿佐――すなわち阿波・素佐の出身である可能性が高いので、名の「アワ」は「阿波」の意味かと思われる。おそらく彼は、息子の伊佐奈木と同じく、跡継ぎのない北のヤマトの国神の継嗣となり、白山から千足を治めることになったのではなかろうか。そして、“阿波から来たキ(男の君)”という意味で、「アワナギ」と呼ばれたのではないかと思う。ということで、以後アワナギ=阿波奈木とする。
 
 『ホツマ』には他にも名に関する記述があり、男性の場合、その諱には豊受の諱であるタマキネのように「キネ」、あるいは「ヒコ」や「ウシ」が付くと書かれている。「ヒコ」は「彦」や「比古」、「ウシ」は「大人」と表記するのが一般的だろう。
 
 「キネ」は、天孫こと天照大御神の孫の名を『紀』では「瓊瓊“杵”命」と表しているが、この名に使われている「杵」に相当し、「ギ」と読まれることもある。よって、豊受の諱であるタマキネの「キネ」も漢字で表せば「杵」であり、「タマ」は具体的な用例が見つからないので悩むところだが、とりあえず「瓊」を採用し、本編ではタマキネ=瓊杵としたい。「東の“君”」と呼ばれた豊受には、「玉座」などの単語に使われる「玉」と同じく、“王”や“君”に通じる意味を持つ「瓊」の漢字がふさわしいように思えるからだ。君であるがゆえに、十代天君・ニニキネや四代天君・ウビチニの漢字表記にも「瓊」の字が使われているのではないだろうか。
 
 ということで、今後男性の名前の末尾の「キネ」は「杵」、「ヒコ」は「彦」、「ウシ」は「大人」の漢字をあてて表すことにする。
 
 そして、世継ぎの諱だけに付けられる名乗りが「ヒト」とのことである。これは、天君とはヒ=一からト=十まで国や人民に尽くす存在だからだ。
 
 確かに、七代天君となった伊佐奈木の諱である「タカ“ヒト”」以後、その息子で八代天君のアマテルは「ワカ“ヒト”」、アマテルの息子で九代天君のオシホミは「オシ“ヒト”」というように、十二代天君の世継ぎで初代天皇となったカンヤマトイハレヒコ(神武)の「タケ“ヒト”」まで、世継ぎの諱にはいずれも「ヒト」の名乗りが付いている。ということは、もしかしたら現在の天皇家の男性皇族の名にある「仁」も、この慣習に因っているのかもしれない。そう信じて、本編では「ヒト」を「仁」と表すことにする。
 
 以上をふまえると、「タカヒト」の漢字表記は「高仁」とするのが妥当だろう。
 
 『ホツマ』を読むかぎり、「タカヒト」は、世継ぎとして「ヒト」が付いた諱の最初の例である。よって、タカヒトの「タカ」は、皇産霊の初代を“高”皇産霊=“タカ”ミムスビというのと同様に、「ヒト」(=一から十まで国や人民に尽くす存在)の祖ということで高祖のような意味――高祖父ではなく、王朝の最初の天子に近い意味――を表していると考えられるからだ。
 
 一方、女性の場合は、イサコのように「コ」が付いた。子を生むゆえと『ホツマ』にあるので、当然漢字表記は「子」となり、何子姫や何姫何子と呼ばれる。現代でも女性の名に「子」が付くことは多いが、実にこの時代からの伝統なのである。「コ」の他に「オ」が付くこともあり、オ何、何オということもあった。ひと昔前の「“お”みつ」とか「“お”しん」とかいう、「お」を頭に付けるのは、この名残なのだろう。よって、「イサコ」の漢字表記は「伊佐子」とするのが妥当である。同じ理由で、今後女性の諱の最後に付く「コ」は「子」と表すことにする。
 
(2018/3/5最終更新)